第18回:「はちようでん」とは何だ

平久保崎灯台からフサキビーチリゾートホテルに戻るクリムゾン真鍋とじぇーん。

真鍋:ぼーっとしてたら軽トラの助手席に座っているな、昨日は荷台ばかりで疲れた。それはそうとじぇーん、君は運転できるのか、知らなかった。

じぇ:普通の車は無理ですが、軽トラならなんとか運転できます。私の実家ではキャッサバの栽培をしていたので、それを運ぶために軽トラを時々運転していましたから。

キャッサバとは、タピオカの原料となる熱帯で生育するイモの一種である。以前ゲーム業界を震撼させたキャッサバ投資詐欺に使われたことで有名になった。「出典:近代芸無辞典より」

真鍋:そうか、実務に使っていたのなら安心だ。で、ニンジャ花坂はどこへ行ったんだ。

じぇ:昨日のクロニン田村の動きが気になると言って、一人で先に帰りました。ココモリ村に戻って調べ物をするとか言ってました。

真鍋:そうか、相変わらず動きが早いな。さすがニンジャマスター。とりあえず、フサキビーチリゾートホテルに戻ろう。ハンター竜田がそろそろ目覚めるころだ。

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ホテルのダイニングで朝食をとりながら、ハンター竜田、クリムゾン真鍋、そしてじぇーんの三人でミーティングが始まる。

竜田:よく寝た、昨日は。クリムゾン真鍋は夜外出してたやんけ、石垣島で一か所だけあるココイチにコロッケカレーでも食いに行ってたのか。

真鍋:まあ、そんなもんだ。クロニン軍団が良からぬことを考えているし、ゲームのシナリオは作らないといけないし、クロニン軍団の野望も止めて世界を救わないといけないし、VERA望遠鏡の元所長から聞いた彗星の話も気になる。頭の容量がオーバーフローしそうだ。

竜田:まあ、世の中オトクが一番。どれが一番オトクか考えるのがいいやんけ。

じぇ:マスター、昨日洞窟から帰るときにきんちゃく袋が落ちていてたので拾ってきたのですが。たぶんクロニン田村が落としていったのではないかと思います。

真鍋:どれどれ、これがそのきんちゃく袋か、表には動物の手形か、裏には文字があるが、かすれていて読めないな。熊という文字がかすかに読めるんだが、後の二文字は不明だ。

竜田:ちょっと見せてみるやんけ…、これはまずいやんけ、関わらないほうがいいやんけ。

真鍋:関わるなと言われるとますます関わりたくなる、この野次馬根性が私がゲーム業界で生きながらえた秘訣だと思うんだが、ということで、気になるところを教えてくれ。

竜田:まあ、仕方ない、クリムゾン真鍋は言い出したら聞かないから…教えてやるやんけ。この文字、これは「八熊伝」と書いてある。クリムゾン真鍋には読めなくてもワイには読める。

真鍋:八熊伝…、どう読むんだ、これは。

竜田:これは「はちようでん」と読むやんけ。クリムゾン真鍋は南総里見八犬伝を読んだことがあるか。あれの作者の滝沢馬琴は、ワイの親戚の友達の家の近くに住んでいたらしくて、ときどきワイの本家に遊びに来てたやんけ。で、その時に滝沢馬琴が、ワイの先祖に八熊伝の本を預けていったらしい。大事な本だから決して紛失させてはいけないと言い残してな。

南総里見八犬伝とは、滝沢馬琴によって書かれた伝奇小説である。犬にまつわる里見家の因縁が描かれている。「出典:近代芸無辞典より」

真鍋:ということは、この八熊伝は、竜田本家に代々伝わる謎の本だったんだな、希少動物を集めるクロニンの意図がわかるかもしれないから、ぜひ読ませてくれ。

竜田:読むと祟りがあるから、やめたほうがいいやんけ。ややこしいことに首突っ込まないで、オトクだけを考えて幸せに暮らすのが良いやんけ。

真鍋:まあ、そこを何とか頼む。ぜひとも八熊伝を読ませてくれ。

竜田:それは無理やんけ、なぜなら八熊伝は前の大阪万博のあった年、つまり1970年に黒装束のニンジャ軍団にワイの家が襲われた時に、持ち出されたままやんけ。ということで、いまは八熊伝はもう無い。あきらめるのがいいやんけ。

真鍋:それって、重大事件なんじゃないのか、人の家を襲って蔵から古書を持ち出すなんて…、強盗事件として警察に届けたのか。

竜田:よくわからんが、その件はうやむやになったらしい、あまり深入りしない方が良いと親戚筋から連絡があってな。

真鍋:そうか、それは残念だな、ここでヒントは途絶えたのか、誠に残念。

竜田:なんでクリムゾン真鍋が八熊伝に執着するのか全く理解できないやんけ、そこ、きちんと説明するなら作戦考えてもいいやんけ。

しぶしぶ、竜田に説明を始める真鍋。隣でじぇーんが退屈そうに爪の手入れを始める。

真鍋:じつは、新作ゲームのストーリーが全く思いつかなくて困っている、苦し紛れに夜の散歩にVERA望遠鏡に出掛けてみたんだが、そんな時にクロニン田村の陰謀に出くわした。そこで思いついたわけだ、新作ゲームのストーリーを自分で考えるより、クロニン軍団の野望を暴くことにすれば、面白いストーリーが自然にできるんじゃないかって。そうすれば努力せずに凄い作品ができる気がする。

竜田:そういうことか、自分で考える労力を払わず、楽して人の騒動を物語にして稼ごうとする、それは鬱病にならない小説家が獲得したノウハウ、人の不幸を取り込んでそれを小説にするのは昔からやられている技法。まさにゲーム制作における完璧なオトク話やんけ、そういうことなら協力するやんけ。ワイはオトクが大好きだからな。

竜田に反感を買うと思ったら、逆に褒められて喜ぶクリムゾン真鍋。じぇーんが爪の手入れが終わってこちらを見ている。

竜田:八熊伝は、爪を研ぐ熊の話やんけ、八熊伝が盗まれる前に、ワイは何回か読んだことがある。特別な爪をもった八頭の熊が8つの島に隔離されていたが、そこで犬軍団との戦いが始まり、熊軍団が奮闘するって話だったと思うやんけ。

じぇ:爪ですか…、私が爪の手入れをしているのと同じ感じでしょうか。

竜田:クマはマニキュアをしないからじぇーんとは違うやんけ。

真鍋:もしかすると、南総里見八犬伝が八人の犬剣士の戦いを描いたとすると、八熊伝は逆サイドからその戦いを描いたものなのか。それなら、歴史的に見ても大きな意味がある。滝沢馬琴の隠れた裏ストーリー、大ヒット間違いなしだ。そんな大切なものをどうして竜田家は無造作に蔵に放置していたんだ。そうして略奪されるなんて頭悪すぎだろ。

竜田:詳しい事情はよく分からんやんけ、ただ、ワイの爺さんが、忍者軍団に強奪される前にコピーを取っていたというのを聞いたことがある。1970年ころはちょうど、コピー機が普及し始めたころ、ワイの爺さんは新しいものが大好きで、さっそくコピー機を買ったやんけ、そして近くにあるものを手あたり次第コピー始めたやんけ。古いコピーなのでだいぶ消えかかっているが、ワイの蔵にまだあるとおもうやんけ。見たけりゃ、見に来るやんけ。

真鍋:それは耳寄りな話だ。さっそく、見に行くとしよう。

滝沢馬琴の隠れた未発表作品、それを発掘して私の名前で発表すれば大ヒット間違いなし。いい話になったな…。

そんなセコイことして恥ずかしくないとは、さすがマスター、憧れます、痺れます。

楽してストーリーの手がかりを手に入れたクリムゾン真鍋。世の中、そんなに簡単に話が進むのか。次回をお楽しみに。